三十代の自尊心は地面に埋まっている。

谷底から這い上がる予定はある…が、今日はまだ寝てる。

三十代の自尊心は地面に埋まっている。

谷底から這い上がる予定はある。
ただし今日は、まだ寝てる。

🕳️
ようこそ谷底へ
今日もなんとか生存中。
いそいそと自尊心の発掘作業に勤しんでいます。

【谷底】名前の無い違和感に、あとから名前が追いついた【理由を知った日】

 

 

■01:説明できなかった自分

 

 

前回、心が壊れる直前の私に、起きていたことを書いた。

 

 

 

問題だったのは、
当初はそれを「限界」だとも「異常」だとも思っていなかったことだった。

 

ただ、うまくできない自分を、
うまく隠しているつもりで生きていた。

 

なぜ同じところで何度も躓くのか。
なぜ人より疲れやすいのか。
なぜ平気な顔ができてしまうのか。

 

理由が分からないまま、
思考を止めるために『私が弱いから』と結論づけていた。

 

理由が分からない不安より、
理由を知ってしまう恐怖のほうが勝っていたのかもしれない。

 

自分の事なのに、知るのが怖かった。

■02:全部、自分のせいにしていた頃

 

 

気にしすぎる。
疲れやすい。
人の感情に振り回される。

 

距離が近づくほど、息が苦しくなる。
期待されるほど、動けなくなる。

 

それは全部、
性格の問題。努力不足。根性が足りない。

 

そう言い切ってしまえば、これ以上考えなくて済む。
自分を責めるのは、楽になるためではなく、
思考を止めるための、一番手っ取り早い説明だった。

 

当時の私は、それを自分と
「ちゃんと向き合っている状態」だと勘違いしていた。

 

自戒していれば、向き合えている気がしていた

■03:反省しても、楽にならなかった

 

 

おかしいとは、薄々思っていた。

 

反省しているのに、楽にならない。
改善しようとするたび、同じ場所が削れていく。
「次は大丈夫」と言うほど、しんどくなる。

 

頑張っている感覚だけが増えて、
前に進んでいる実感はなかった。

 

心が弱いから壊れたんじゃない。
壊れかけている状態で、
ずっと自分を叱り続けていただけだった。

 

私は無自覚に毎日毎日、自分へ拳を振り上げていた。

 

眠りに落ち意識が途切れるその瞬間まで脳内は罵詈雑言の嵐だった。

 

■04:あとから知った「名前」

 

 

私は休職して、
無気力状態の中で、ふと「自分」を知ろうと思った。


その中で、いくつかの言葉を知った。

 

ADHD
HSP
アダルトチルドレン
愛着障害

 

正直、最初は戸惑った。

 

自分の無意識な振る舞いが、
「名前」として回収されていく感覚が怖かった。

 

でも同時に、
行動の一つ一つには
「理由があるかもしれない」と思えた。

 

それは救いというよりも、
自分へ振りかぶった拳を一度、
下ろしてもいい理由を見つけた感覚に近かった。

 

自分を許せたわけじゃない、でも理解してみようと思えた。

 

 

止まれなかったのは、怠けていたからじゃない。
過敏だったのは、面倒な人間だからじゃない。
常に見捨てられる不安を抱えるのも、欠陥じゃない。

 

そう反応してしまう
癖や構造が、確かに「名前」として存在していた。

 

それを知らないまま、
私はずっと自分を殴っていた。

 

私は、全てが完全に壊れていたのではなく、
壊れていると思い込んでいた部分があるのかもしれない。


そう考えられた瞬間、
過去の自分を見る目が、少しだけ変わった。

 

 

■05:自分を責める理由が減った日

 

 

治ったわけじゃない。
楽になったわけでもない。

 

ただ、
「私が”全て”悪い」という説明を
使わなくてよくなった。

 

それだけで、

世界の見え方がわずかに変わった。

 

今、私は”あの頃の自分”
を理解したくて、心理学を学んでいる。

 

苦しむ誰かに、それには”名前”があると伝えるために。

 

私自身を証明したいだけというわけでも、
誰かを導きたいわけでもない。

 

理由も分からないまま
自分を責め続けていた過去の私を、
これ以上、置き去りにしたくなかった。

 

 

私のように「名前」を知らなかっただけで
自分を誤解し続けている人は多いと思う。

 

もしこの記事が、
「もしかして、自分を責めなくていい部分があるのかも」
そう思うきっかけになったなら、
それだけで、今日という一日が少しだけ救われた気がする。

 

 


※このブログを書いている人について
▶︎ はじめての方へ/自己紹介はこちら