■01:谷底家のクリスマス

今日はクリスマス。
街もSNSも、どこか浮き足立っているように見える。
そんな世の中が、今の私には少し眩しすぎる。
私は2025年のクリスマスを、
まだ谷底のまま迎えている。
お恥ずかしながら、
若い頃はサンタクロースのコスプレをして
プリクラを撮りに行っていた時代もあった。
あの頃は、
「今日」を楽しむことだけで精一杯で、
来年のことなんて、考えたこともなかった。
楽しいか、楽しくないか。
好きか、嫌いか。
そのくらい単純な基準で、生きていた気がする。
未来は、
いつも勝手に続いていくものだと思っていた。
でも今の私は違う。
特別な予定もなく、静かな部屋で、ペット達の寝息と共に
いつもと同じ時間を過ごしている。
オシャレなディナーもないし、
誰かと外に出かける約束もない。
繁忙期のオラウータン系旦那は
年末の仕事納めに向け、地上活動を続けている。
■02:2025年の「仕事の思い出」を振り返って
そんなクリスマスを過ごして、寂しくないのか?
そう自分を問いただしたくなるところもあるが、
不思議と、寂しさより先に浮かんできたのは
「2025年のしごと」のことだった。
2025年のしごとを振り返ってどうだったか。
そう聞かれて、胸を張って答えられるものは、私にはない。
なぜなら、
私は今、休職中で復職という言葉すら
少し怖くなってしまった場所にいるからだ。
長年、大手金融ホールディングスで働いていた私だが
復職期限内の回復が難しい状況のため、
おそらく1月で職を辞すことになる。
今は、その“余命”の真っ只中にいる。
過去、仕事人間だった私は
今や何者でもなくなり、
肩書きも、役割も、ぜんぶ手放したままだ。
だからこそ「来年はこれをやります!」と
簡単に言えない自分がいる。
正直に言えば、
何も決まっていないことに、焦りがないわけじゃない。
世の中はどんどん前に進んでいて、
周りはそれぞれの場所で働いていて、
私はまだ、この谷底に座ったまま動けずにいる。
動けない、というより、
動くための力が、まだ戻っていない感覚に近い。
気力とか、意欲とか、
そういう言葉ではうまく説明できない。
ただ、
無理に立ち上がろうとすると、
また崩れてしまいそうで。
だから私は今、
座ったまま、周囲を見渡している。

だがこの休職をした数か月で、
はっきりと分かったことがひとつある。
私はもう、
心を削ってまで働くことは、したくない。
頑張れない自分を責めながら、
笑顔を貼り付けて、
限界を無視して進む働き方には、
戻れない場所まで来てしまった。
それは後退じゃなくて、
たぶん、立ち止まってみたからこそ見えた「結果」だ。
止まってみて、初めて分かった。
私はずっと、
「壊れないように働く方法」じゃなく、
「壊れながらでも働き続ける方法」を
探していたんだと思う。
それが当たり前だと、
疑いもしなかった。
■03:谷底で得た、しごとへの希望
休職してすぐの頃は、薬の影響もあり、多くの時間を寝て過ごした。
それでも、何もなかったわけではない。
友人の手伝いで、POPやメニュー表などを作る機会があった。
ロゴやメニューなどのグラフィックを作成している時、
久しぶりに「集中している自分」を感じた。
疲れるのに、やめたくなかった。
「しごと」に対して自信を失っていた私にも
少し”兆し”が見えた気がした。
あの感覚は、今も心のどこかに残っている。
そんな時期を過ごし
2025年のしごとを振り返ったとき、
私に残っていた言葉は、これだけだった。
・心が壊れないことを最優先にする
今の私は
立派な目標を語れるほどでもなく、
まだ胸を張って名乗れる肩書きもない。
2025年は、何かを「成し遂げる年」
にはならなかったかもしれない。
でも、それ以上に
「大切な何かを壊さずに済んだ年」
には、なっている気がしている。
それだけで、
今の私には、十分すぎるくらいだ。
だから今は、 まだ形にならない「しごと」を、
急がず、怖がらず、手のひらで温めるように育んでいきたい。
そんな風に、自分のこれからを考えている。
うまくいかなかった日も、立ち止まった時間も含めて、
これが私の #2025年仕事の思い出 だ。
今まで自分を責めて生きてきた私が、
派手なイルミネーションはなくても
静かな部屋で、今日もちゃんと息をしている。
それだけで自分を許せるようになった。
今日は、私にとって、そんな意味のあるクリスマスだ。

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